指定難病・小児慢性特定疾病医療費助成制度と遺伝学的検査
先天異常症候群の診断基準の確定診断には遺伝学的検査が有効である。現在のところ、健康保険で実施可能な検査は限定的である。染色体検査(G バンド・FISH)と一部のシーケンシングが保険適用となっている。なお、平成28 年度診療報酬改定に際して指定難病の診断に必要な遺伝学的検査の評価が行われ、当該検査の対象疾患が拡充され、指定難病については38 疾患が追加された。先天異常症候群分野では、染色体異常症としては、環状20 番染色体症候群、ウィリアムズ症候群、プラダー・ウィリ症候群、1p 36 欠失症候群、4p欠失症候群、5p 欠失症候群、アンジェルマン症候群、スミス・ マギニス症候群、22 q 11.2 欠失症候群、エマヌエル症候群については既に臨床検査会社への外注検査が可能となっている。広義の染色体異常症ともいえるインプリンティング異常症の中で、プラダー・ウィリ症候群とアンジェルマン症候群については臨床検査会社への外注による保険検査が可能であるが、第14 番染色体父親性ダイソミー症候群の外注体制は未整備である。単一遺伝子病としては、クルーゾン症候群、 アペール症候群、ファイファー症候群、アントレー・ビクスラー症候群、ロスムンド・トムソン症候群、エーラス・ダンロス症候群(血管型)、マルファン症候群及びロイス・ディーツ症候群等が含まれる。
なお、指定難病医療給付制度は原則として成人を対象とし、小児慢性特定疾病医療費助成制度は小児を対象とする制度であるが、上記の遺伝学的検査の実施に際しては、小児・成人ともに保険適応となりうる。
上掲疾患のうち、マルファン症候群およびロイス・ディーツ症候群以外については、指定難病としての認定を受ける際の診断基準の中に遺伝学的検査が必要条件ないし必要十分条件として含まれている。しかしこれらの遺伝学的検査の実施が必要条件ないし必要十分条件とされているにもかかわらず、臨床検査会社への外注は困難な現況にあることから、大学病院等が遺伝学的検査を行った場合にも、関係学会が作成した、「遺伝学的検査の実施に関する指針」を遵守して検査を実施することで、遺伝学的検査の有効性等を担保できることを条件に、保険点数3880 点を算定可能となっている。ここでいう、「関係学会が作成した遺伝学的検査の実施に関する指針」とは、 平成28 年4 月1 日 に(公社)日本小児科学会(一社)日本神経学会(一社)日本人類遺伝学会(一社)日本衛生検査所協会が公表した、「遺伝学的検査の実施に関する指針」が該当する。「遺伝学的検査の実施に関する指針」中には遺伝学的検査方法(サンガー法・次世代シーケンサー法)に関する指定は設けられておらず、また検査に使用する機器の機器承認の有無に関する指定も設けられていない。算定に当たっては厚生労働大臣が定める施設基準に適合しているものとして地方厚生局長等に届け出が必要である。また(1) 遺伝学的検査は以下の遺伝子疾患が疑われる場合に行うものとし、原則として患者1人につき1回算定できる。ただし、2回以上実施する場合は、その医療上の必要性について 診療報酬明細書の摘要欄に記載する。
遺伝学的検査の実施にあたって注意すべき点
遺伝学的検査の実施に当たっては、「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」(2011 年、日本医学会)(http://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis.pdf)を遵守する。
インフォームド・コンセントを受けることは必須か
遺伝情報は、生涯不変であること、家族で共有される可能性があることについて患者家族に十分な理解を得ることが必要であり、書面による同意を得ることが必要である。説明すべき内容としては日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」の表1.遺伝学的検査実施時に考慮される説明事項の例」が参考になるので、日本医学会の許可を得て、転載した。表1 には注として、「ここに掲げた事項は、これらすべてを遺伝学的検査実施前に説明しなければならないということではなく、被検者の理解や疾患の特性に応じた説明を行う際の参考として例示したものである」と記載されているが、遺伝学的検査の目的となる疾患名・病態名、症状、合併症、生命予後などの正確な自然歴、治療法の有無、遺伝形式、血縁者が罹患する可能性、もしくは非発症保因者である可能性の有無などについて説明に含めることが一般的である。なお、小児科領域では、両親の代諾を得ることが多いと思われるが、検査を受ける本人が理解できる範囲で説明と同意(インフォームド・アセント)を得ることが望ましい。また、患児同胞が小児であった場合、たとえ保因者診断は代諾があっても、行わないことが原則である。同胞が成人したあと、自らの意思で決定すべき事項と考えられるためである。
遺伝学的検査を行うに当たって、遺伝カウンセリングは必須か
「遺伝学的検査」という用語が文脈によって異なる使われ方をしている問題を提起したが、「遺伝カウンセリング」という用語も、研究者や文献によって異なる使われ方をしている。日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」の注4 には遺伝カウンセリングは、疾患の遺伝学的関与について、その医学的影響、心理学的影響および家族への影響を人々が理解し、それに適応していくことを助けるプロセスである。このプロセスには、1)疾患の発生および再発の可能性を評価するための家族歴および病歴の解釈、2)遺伝現象、検査、マネージメント、予防、資源および研究についての教育、3)インフォームド・チョイス(十分な情報を得た上での自律的選択)、およびリスクや状況への適応を促進するためのカウンセリング、などが含まれる。と記載されている。ここでいう1)・2)は「表1.遺伝学的検査実施時に考慮される説明事項の例」に含まれている内容であることに注目したい。
一般に、「カウンセリング」との用語が、心理カウンセリングの意味に使われることから、遺伝カウンセリングの中で「心理学的影響および家族への影響を人々が理解し、それに適応していくことを助けるプロセス」を特段に重視する議論や、遺伝カウンセリングは心理的技法を身につけた者のみが行うべき特殊なプロセスであるとの議論が散見される。しかし、日本医学会のガイドラインに「遺伝カウンセリングに関する基礎知識・技能については、すべての医師が習得しておくことが望ましい」と記載されているように、遺伝学的検査を実施する小児科医は、表1 に含まれる内容については、主治医として責任をもって対応できることが求められる。
症状のある患者の確定診断の範囲を越えて、発症前診断や出生前診断に関わることがらについては、日本人類遺伝学会・日本遺伝カウンセリング学会が認定している臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーなどの専門家の支援が有用と思われる。現在、ほぼ全都道府県に遺伝性疾患の診療を支援する部門が設置されている。全国遺伝子医療部門連絡会議のウェブページ(http://www.idenshiiryoubumon.org/)を参考にされたい。
患者家族への説明で特に重要な点
遺伝学的検査の感度の限界について
患者・家族の多くは、遺伝学的検査の感度は100% であるとの誤解を持っている。一部の例外を除いて、遺伝子診断の感度は100% ではない。現在、主に用いられている遺伝子診断方法はPCR シーケンシング法であるが、PCR で増幅される領域(通常、数百塩基)を越える大きさの異常については、検出が困難である。また遺伝子の発現を調節している領域(プロモーターやエンハンサー)に関する情報は多くの遺伝子について不十分であり、解析の対象となることはない。解析対象外の領域に遺伝子変異がある場合には、遺伝学的検査の結果は偽陰性となる。遺伝子診断の感度は100% ではないので遺伝子診断の結果が陰性であっても、臨床診断が覆るものではないことは、検査の実施前に患者家族にお伝えしておくことが推奨される。他の一般的な血液検査と異なり、検査の実施には数週間から数ヶ月を要すことも説明をしておく。
遺伝子検査の結果の解釈について
ヒトの標準塩基配列と患者の塩基配列の差すなわちバリアントが見出されたとしても、そのバリアントが
病的意義を持つとは限らない。バリアントは、以下の5つの範疇に分類できる。
- 疾患を起こすことがわかっており、過去にそのように報告もされている。
ただし古い文献では頻度の低い正常多型をあやまって病的バリアントと報告していることがあり注意
を要する。HGMD などの論文報告された病的バリアントをデータベース化している商用の病的バリアントデータベースの内容も誤っている場合がある。 - 東北メディカル・メガバンク等の正常人バリアントデータベースに登録されている。ただし正常人バ
リアントデータベースに登録されていてもアレル頻度が低い(<1%程度未満)場合には、劣性遺伝
病の原因となる病的バリアントである可能性は残る。 - 報告はされていないが、疾患を起こすと予想される。
- 報告されておらず、疾患を起こすか推論することもできない。
稀な非同義アミノ酸置換などがこの範疇に含まれる。 - 報告はされていないが、おそらく疾患を起こすことはない。
特に2)、4)、5)については、その意義を正しく伝えないと、患者家族は無用な心配をすることになるので、注意深く説明する。
検査結果報告書に塩基配列の変化が記載されているにもかかわらず、その病的意義について記載がない場合には、上記の1) ~ 5) のいずれに当たるのか、検査実施担当者に直接に確認することも検討する。
次世代シーケンサーの臨床応用が急速に進んでいることから、日本人の病的バリアントに関するデータが増加すると期待される。日本人の病的バリアントを蓄積する事業も進行中である(臨床ゲノム情報統合データベース事業)。
「稀少遺伝性疾患の分子遺伝学的検査を実施する際の ベストプラクティス・ガイドライン」
日本人類遺伝学会 遺伝学的検査標準化準備委員会(平成22 年9 月16 日)
http://sph.med.kyoto-u.ac.jp/gccrc/pdf/2010_2.pdf
「遺伝学的検査の実施に関する指針」
平成28 年4 月1 日
(公社)日本小児科学会 (一社)日本神経学会
(一社)日本人類遺伝学会 (一社)日本衛生検査所協会
分析的妥当性 検査法が確立しており、精度管理が適切になされていること |
検査実施施設について | (A)保険医療機関に求められる要件 | ①かつ② ①判定を行う責任者として ・難病指定医または小児慢性特定疾病指定医であり、指定難病及び小児慢性特定疾病のうち単一遺伝子疾患の検査を当該医療機関で過去5年に10件以上実施した者 ②当該保険医療機関内の臨床検査部門等常勤の臨床検査技師が配置されている部門 と①に定める責任者が適切な連携の下で検査を実施できる体制であること。 ただし、業務の一部について、(A)または(B)を満たす施設にのみ委託してもよい。 |
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(B)衛生検査所に求められる要件 | ・「遺伝子関連検査の質保証に関する要件」に準ずる(日本衛生検査所協会遺伝子関連検査受託倫理審査委員会) | |||
検査実施施設について | 検査導入時に求められる検証項目 | ・解析方法毎に盲検化サンプルの解析を1年に1回施すること。解析システムの一部を変更した場合等にはその都度実施すること。(詳細1) | (詳細1)希少遺伝性疾患の分子遺伝学的検査を実施する際のベストプラクティス・ガイドライン(p7~)を参照 | |
検査実施時の精度管理に求められる要件 | ・自施設において様式1に規定する項目を含む標準検査手順書(SOP)を作定していること。(様式1) ・検査を依頼する医療機関は、検査を実施する施設に当該検査の結果報告予定日を確認し、診療録に記載すること |
(様式1)すでに各種遺伝学的検査を受託している衛生検査所作成のSOP を改変 | ||
検体の品質管理・保証に求められる要 件 |
・当該検査に合わせた検体を適正な保存条件を守り、保管すること。(詳細2) ・検査の実施、検査結果の取得等に関する同意の取得については、「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」を参照すること。(衛生検査所を除く) ・当該検査の質保証と検査の対象となっている疾患の研究の促進のため、難治性疾患克服研究事業等の主任兼研究者と連携を図ること。(衛生検査所を除く) |
(詳細2) 遺伝子関連検査検体品質管理マニュアル(p20~)から抜粋 |
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検査従事者の水準・資格 について |
実務担当者に求められる要件 | ・医師 または ・臨床検査技師 または ・(A)-①の要件を満たす者のもとで3年以上の経験のある者 |