分子遺伝学の発展に伴い、多くの古典的な先天異常症候群の原因が明らかにされたことから、特定の先天異常症候群が疑われた場合、遺伝学的検査によって確定診断が可能となった。多くの疾患を一度の検査で網羅するような分子遺伝学的な診断方法であるエクソーム解析も一般化しつつあるが、各形態異常の臨床的な評価に基づく臨床診断が重要であることに変わりは無い。ここでは、臨床診断にいたるための手がかりと道筋について概説する。
問診について
1)妊娠分娩歴
胎児に何らかの基礎疾患がある場合、切迫流産、子宮内発育不全、骨盤位分娩などの異常分娩の頻度が高いので注意が必要である。胎動の開始の遅れ( 正常では4 ー5 カ月) や胎動の程度の減少・羊水過多は特定の疾患の診断には結びつかないが異常が周産期以前より存在していたことを示す病歴である。同胞に比較して胎動が減少していなかったか確認する。また過去の妊娠における流・死産歴の情報も重要である。いずれも、医師から、積極的に問診しなければ得られない情報である。
2)出生時記録
出生時の身体計測やその後の成長記録を成長曲線上に記録し、発達歴を確認することは必須である。過成長や大頭を呈するなどの特徴は、鑑別診断を絞り込む上で極めて有用である。
3)家族歴
正常と考えられる家族に患児と同様のminor anomaly( 小奇形) を認める場合にはそのminoranomaly の病的意義は少ない。両親及び同胞を診察する事及び両親の乳児期・小児期の写真を評価する事も有用である。親も子と同じ疾患に罹患していることがあることにも留意する。
理学的所見の取り方
1)Anomalies の評価
見落としのないように全身をくまなく診察した上で、ある一箇所の解剖学的部位だけに形態異常が局在するのかそれとも解剖学的に離れた複数の部位に、複数の形態異常が分布する「先天異常症候群」であるのかを判断する。身体各部の均整はどうか(手足が短くないか、頭囲が大きくないかなど)、左右の非対称はないか、筋緊張の異常はないか、その他、皮膚の色調、色素斑の有無、毛髪・爪の状態にも注意する。得られた外表形態異常から鑑別疾患をあげて、更に詳細に外表形態異常を検討することを繰り返して形態異常の見落としを避けつつ確定診断をめざす。
特にminor anomaly の正確な把握と正しい記載が重要である。特異な症状・形態は検索を行う際の重要なキーワードとなることから、標準的な用語の使用も大切である。2009 年に各国の代表が集まり、minor anomaly の記載法の国際的なコンセンサスが作られた。その要約はAmerican Journal of Medical Genetics 誌の2009 年第1 号に掲載された。当該号は「Elements of Morphology: StandardTerminology」と称する特集号となっている。頭部(1)・眼囲(2)・外耳(3)・鼻(4)・口囲(5)・手足(6) に分けて記述され、数百枚の写真も掲載されており、先天異常症候群の専門家ばかりでなく、小児科医一般にとって有用なリソースと考えられる。American Journal of Medical Genetics 誌ホームページから無料で閲覧が可能で、PDF としてもダウンロードできる。
http://www3.interscience.wiley.com/journal/121641055/issue
また、日本小児遺伝学会の有志(岡本伸彦・黒澤健司・水野誠司・吉橋博史・小崎里華・小崎健次郎)による日本語訳が完了しており、「国際基準に基づく小奇形アトラス 形態異常の記載法 ―写真と用語の解説」として日本小児遺伝学会のホームページ上で公開されている。
http://plaza.umin.ac.jp/p-genet/atlas/
どこまでが正常範囲で、どこからが異常所見かについて判断する必要がある。Minor anomaly については可能な範囲で定量的な評価を試みる。
形態異常の発症時期を示唆する所見の評価
同時に、形態異常が出生前から存在していたのか(Prenatal onset problem)、あるいは出生後に出現し進行したのか(Postnatal onset problem) について、診察を通じて推定できる場合がある。Prenatalonset problem である事をretrospective に示す病歴や所見を列挙する。胎動の開始が遅れ、胎動の程度も少ない傾向が先天性の中枢神経異常、筋疾患、short limb dwarfism を有する症例でよく見受けられる。また胎動の少ない症例では、臍帯が短いことが多い。
中枢神経形態異常を有する児は羊水過多症(嚥下運動の減少)や逆位をとることが多い。臨床診断名の告知総合的な判断の結果、特定の先天異常症候群が疑われる場合には、臨床診断について、患者・家族に説明する必要がある。この際、親にどのような根拠に基づいて臨床診断を行ったかについて説明が必要である。特異顔貌が診断基準となっている場合も少なくないと考えられるが、説明に際して強調すべきでない。また疑われる病名についても慎重に伝えることが望まれる。先天異常を持った児の出生は、親に大きな衝撃をもたらす。診断告知や病状経過説明は、こうした親の心理過程を十分配慮しなければならない。特に初期の医療サイドの対応は親に強い印象を与え、その後の児の受容にも影響をもたらすことになる。説明として所見をそのまま親に伝えることは慎しむことが望まれる。また、インターネット上に、様々な情報が提供されていることから、病名の告知後に患者家族が過大な不安をいだく可能性についても認識し、あらかじめ適切な説明を行っておくべきである。
先天異常症候群の各疾患の概要については難病情報センターおよび小児慢性特定疾病情報センターに掲載されているので参照されたい。患者家族もこのホームページを参照していることが想定される。